今これを書いていて久しぶりに旅の余韻に浸っている。もう昨日のことなのだ。今頃はすでにあの海を見ていたのか。日頃短い距離ばかり走ることに慣れてしまい、充実感すら感じていたけれど、少し無理をする位ではじめて見えてくることがある。懐かしいあの感じ。経験という妥協が、旅を、いや感動さえ小さくしていたことにも気付かされる。大げさに言うのならば。(©奥田民生)
天気予報を見ると彼の地は今日は雨。これも奇跡。晴天に恵まれた地を存分に走れた後、その余韻に浸れるほど最高なものはない。
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GW2日目(初日は5月2日鳥取行)、行き先は前々から決めていた室戸岬。おそらく訪れたのはこれまで何度とないだろうが、自分の中でなぜか強い思い入れがある。長旅が叶わなくなってからも、「行きたいリスト」には初めて行く場所よりも必ず「もう一度行きたい場所」として挙がる、そんな場所。ただ手放しで行ける場所でもなかったのだ。
【GW】砂丘を目指し鳥取へ。が…【地味に】 - コシトタニマトマルイスト
岬という点を見に行くだけではなく、理想は「徳島側から海沿いを走って行きたい」。これまで日帰りで行った記憶はないはず。最後に行ったのもいつだろう。アフリカツインだったかTTだったかも思い出せない。それでも。
課題は距離と予算。一応の予定では早めに出て、高速を児島ICから乗って坂出北ICで下りる”高速最短距離”とし、海沿いをR11とR55で南下、帰りは南国から高速で一気に帰る…諸々のバランスを考えるとそんなイメージになった。
早起きして7時半出発。イベント現場以外では本当に久々。早速給油をすると値引きの当たりが出た。幸先がいい。なぜか旧道を行かされながらも、朝の新鮮な空気と絶好の空模様を満喫し、これだこれこれと旅感を全身に浴びる。K274、430経由で児島ICへ。
久々の高速、久々の瀬戸大橋。風が強いと運休するJR瀬戸大橋線。250オフだと、強風下では真横に1車線流される感覚がある。GSとは言え多少肩に力が入る。古いバイクだ。トラブル無く走ってくれと願う。GSを何度も引き上げた経験もだが、関門トンネルでガス欠を経験しているのもあって、例え1つの橋1つのトンネルでも安心出来ない。が、そんなことも忘れさせる瀬戸大橋上からの絶景。
四国に入る。無理して坂出北で下りなくてよかったんだ。それより肝心なところでルーティングをすべきだった。「次の、国道なり県道の数字か遠すぎない地名」を決めて。四国東側の海沿いに沿って下りるのだからR11に乗る、もしくは坂出北からなら高松に向かう。それを後から軌跡を見ると、K33で一度讃岐府中の方に行きながらもそのまま東進せず、K18で再び西に戻り438に乗っていた。坂出北からまっすぐ南下するのか、東へ乗るのかはっきりしなかった。しかも予定では東行きが正解。迷った挙句予定を変えてしまったのは、この予定外の”下道内陸行(山ルート)”が予定外に良かったからである。
438を南下。番手の割に走りやすい。あの439と1番違いだが、ここまでのところおそらく性格は真反対ではないか。が、この時点では実は「いつ海に向かうのだろう」と思いながら走っている。期待通りに設定し、設定通りに走っているつもりでいる。実際は目的地だけ設定し、経由地を設定していままだった。満濃池をかすめ、徳島県境へ向かう。
10時前。県境付近で道の駅ことなみを見つけて入る。朝の給油と信号停止以外、初めて止まった。いいところだ。整備された道の駅。すでに多くの人がいる。温泉が有名らしい。ここまでおよそ15℃前後。快走快適以外の何者でもない。




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これはかなり充実した施設じゃないか。ゆっくりしたいしすべきところだが、缶コーヒーを飲んでいると男性に声をかけられた。近くでおばあさんが脱輪しているので、引き上げるのを手伝ってほしいと。行くと、道の駅向かいの少し広くなったところで片方の前輪が完全に脱輪している軽が1台。本人にケガはなく、豆腐を買いに来たところ、判断を誤り無理に切り返そうとしたらしい。男性も通りがかりらしく、もうひとりいた年配の男性もご主人ではなく、その豆腐屋の主人らしい。
ただ、素人ではどうにも出来ない感じだったので、保険にお入りならロードサービスを呼ばれた方が確実でしょうと助言。更新したばかりの保険にロードサービスがあることを確認すると、先の男性がすぐに電話をかけ始めた。”男性も親切な他人”なのでオペレーターに色々伝えながらも、ご本人のことは知らないので連絡し終えるまでかなりの時間を要した。この方がいてよかった。
あとは来てくれるそうなのでとふたりでその場を後にした。目の前は道の駅なのは安心だ。自分など、林道から帰れず歩いて応援を呼んだ後、人力3人がかりで引き上げたことや、電波の届かない山中でエンジンがかからなくなり人が通るのを待って2人で押しがけした経験がある。連絡が付く、待てる場所、というのは大きい。
県境付近は流石に四国らしく、大きなトンネルと曲がりくねった道となったが、徳島は美馬というところに出た。山間の少し開けた町だ。後から地図を見ると、ここは各方面への分岐点のよう。交通の要衝とでも言おうか。K12か192を東に行けば徳島に出られたのだ(距離はあるが真東、いわば水平移動)。北は今来た438で坂出出るし、南は剣山そして439へつながる(これは大変だが)。西は池田に向かいそこで192だと愛媛、R32だと香川と高知につながる。内陸の道路関係をよく調べておくか、一度立ち止まれば良かった。
ナビはK12を美馬から池田方面に向かわせ、R32を高知方面に南下させるらしい。その分岐に向かう景色もまた四国らしい。

田舎の快走が続く。吉野川に沿って西進。池田まで徳島自動車道、県道12号、国道192号が並走する。快走と書いたが、都市部の国道を除くと全体に流れは遅い。南九州もそうだったが体感で平均10km遅い感覚。加えてGWだ。一日通して道の駅という道の駅はほぼ満車で、どこにも立ち寄れなかったのは残念。
池田からR32に入る。あの池田高校の目の前を通っていた。写真を撮れば良かった。82年夏83年春連覇の衝撃。前年まで愛媛に住んでいて、その後も四国勢を応援するきっかけになった高校(と伝説のやまびこ打線)。そのR32を南下。徳島とは逆の西へまっすぐ向かったことで、ようやく海沿いを下る線は頭から消え、高知へ向かっていることを理解した。目的地だけ伝えたナビを信じれば、そんなものである。
R32からK32に分岐すると祖谷渓があるが、以前かずら橋まで職場仲間でツーリングに来たことがある。高速は使わなかったと思うが、こんなところまで来たのかと改めて。週末の日帰りで。若かった。
その後、大歩危・小歩危に入るとますます交通量が増え、各施設にいるクルマの量がすごいことになった。当初の予定にないルートだが絶景を収めるべく、昼前に「レストラン大歩危峡まんなか」に入る(遊覧船乗り場でもある)。道の駅がこの先にあるのだが、そこと勘違いしていた。道の駅も満車だったが。



すばらしい。見事なエメラルドグリーン。島である四国は、高い山と複雑な海岸線、そしてそこから生まれる美しく豪快な景色が特徴。改めて思い知るスケール感。日本ではない感じ。
とにかく止まって撮りたい箇所は無数にあったが、止まれるところで撮るしかない。また、今回、目立っていたのは外国人サイクリストと外国人お遍路さん。サイクリストもお遍路さんも四国では珍しくないが、とにかく外国人が目立った(ちなみに祖父が3回八十八ヶ所を回っている)。
この辺に多かったラフティングの店やモンベルの店(最近矢掛にも出来たり奥津にもある)をスルーしながら先を急ぐ。道の駅もスルーが続くが、コンビニやガソリンスタンドがない。南国市に入ると南国広域農道を経由してついに目指すR55に合流。高知県は本日4県目。岡山を出発して、香川、徳島、高知。1日4県、帰路も含め1日延べ7県が限界だと経験上。
いよいよここからは太平洋に沿って走る。念願であり手放しで向かえなかった理由である。
13時、道の駅やすに入った。人が多い。南国らしい雰囲気。目の前は砂浜の海岸。充実した設備。が写真を撮るとそそくさと出た。駐輪場には止められたのだが、駐輪場に大音量で音楽を流している人?がいて、台無し感がありながらも訳がわからず…。残念ながら。




手放しで四国の南側に向かえなかった理由。それは…例の大地震だ。岡山でさえ向き合えていない自分が、日本で一番近い位置の現実に向き合える覚悟がなかった。情報でさえ自分ごとに出来ない自分が、現実を自分ごとに出来ないのは目に見えていた。それでもその現実を見ることが、行きたい場所と重なるなら出来る。そんな思いだった。
事実、山ばかり走って来て海沿いに出てからは、目に見えて海抜表示、避難所までの距離、想定浸水域の各表示が目につくようになった。岡山の十倍以上あったように思う。そして、何と言っても避難タワーだ。まずこの辺りでは目にすることがない。場所によっては至る所に、という感じ。鉄骨の立体駐車場のようなものや、施設を兼ねているものもあった。
道の駅でも、楽しそうな雰囲気と同時に必ず警告や避難表示がある。ここから先、大きな岬に国道が一本という”辺境の地”での備えとは、日常でのバランスとは…いろいろなことを考えながらの旅となった。
流れ行く景色。右は常に視界の端から端まで水平線。左は常に山。ここまで来ないと、国道55号に乗らないと見られない風景。何のついででもない。岡山の都市部にいると東西南北に行き交う前提になるが、かつて住んだ鹿児島の大隅半島にも似ている。その暮らしは、やはり想像などできない。
ついに室戸市に入る。ほとんど止まることのない道。長い間道が交差しない。自分の右に海が居続ける。それでも天気の良いGW。人は多く、どんな街中から離れた土地に来てもお洒落な家が建ち、カフェ的なものがあり、美容院がある。トレンドはどこにだって波及し、存在する。
岬の先端に近づくほど土地は狭くなる。ここが室戸岬ですという場所はなかった。先端部に来たのは14時過ぎ。どこの駐車場もいっぱいで、中岡慎太郎像だけ撮る。室戸岬を目指し、ルートは予定と異なったけど室戸岬に辿り着いたのに、ここでひと息入れるべきなのに、まったくその余地がない。3日前の鳥取砂丘と全く同じ。


その先の御厨人窟でも停車するだけ。最初から行程も狂った分まだまだ先があり急ぐ気持ちが強い。ただ、最高の天気だ。




帰って見てみると青い光が。
もうひとつ気づいたことは、元々過去台風に晒されてきた土地というのもあるのだろう。海に面した家の塀が大きなコンクリートで固められている。

この辺の海。内海ばかり見ていると海というものを忘れてしまう。


だがぱっと見ただけでは普通の家と大きな違いはないように思える。道路一本の向こうはすぐ太平洋で、家の背後はすぐ山なのが分かる。あまりに逃げようがない。


至るところにある表示。「津波避難所宝泉寺 西へ約100m」、青い方は「海抜7m」とある。

走っていると道路標識のように頻繁に切り替わる「津波浸水想定区間」。

帰りのことも考えたいのだが、徳島側からの海沿いを目的に来たのだ。納得するまで走るしかない。北上するうちサーフィンのメッカ・東洋町に入ると、空気が変わった気がした。隔絶感はなくなり人と明るさが戻って来た。
15時過ぎ、道の駅東洋町に入る。お茶や缶コーヒーのせいでトイレが近い。ここは元々キャンプ場のようで設備は充実している。人が多くバイクの集団もいたが、自分が寝るなら使わないだろう。野宿ばかりで、キャンプ場は使ったことがない。


再び徳島に入った。R55のハイライトはもうこの辺までだから、後はひたすら北上を続ける。まだ家まで200km以上ある。目の前が高速で2時間で着く、という訳にはいかない。
それと流石に少々腰が張っている。やり過ごし方を知ってから走れなくなることはなくなったが、それでもこのサス・このシート、何の心配もなく走れているわけではない。休憩の度に背中を丸めて背骨をひとつずつ動かし張りを逃がす。やはりシートは第2のサスペンションだ。
道が増えて来た。そして牟岐からR55は内陸を走る。太平洋を一本で結ぶR55のイメージから一転、四国の山々を急ぐ。福井というところでK24に分岐。往路で予定通り坂出から海沿いを下りて来たなら通らなかっただろうが、ここはショートカットして少しでも早く高速へ近づく。
道の駅東洋町から1時間ほど走って、17時前阿南市のローソンへ入る。今回初めてのコンビニじゃないか。考えてみたら、しっかり摂った朝から何も食べていない。梅しそおにぎりとアサイードリンクを流し込んで、全身をほぐす。やっと人が多すぎないところで落ち着くことができた。人によったらこんなのツーリングじゃないと言われそうだが、自分なりの旅だと思っている。

K24からは10年前のツーリングマップルには載っていない、徳島南部自動車道の無料区間を経由しながら北上。海の上はアクアライン的な絶景だった。そのまま徳島道・高松道に接続。元々帰路は高速のつもりではあったが、それは南国ICから乗る、まるで違うルート。それでも成立する達成感と満足感なら良いのである。
18時前、鳴門西PA


帰りの高速は流石に少し肌寒い。アドベンチャーなジャケットは各ベンチレーションを閉じ、メッシュのパンツはインナーのお陰で快適に走れる。グローブにはゴアのウインドストッパーを一枚はめることで俄然快適に。温度変化の大きい季節に、ちょっとした小物を持っている差は大きい。
19時前、府中湖PA。とうとうホットコーヒーを。自販機が全部コールドだったので店内で。

振り返ると、計ったように1時間おきに休憩している。正確な体内ツーリング時計。
気合を入れて最後の休憩を終える。ガソリンは何とか帰宅までは持ちそう。おそらく今日はリッター20は堅い。やっと帰路と重なる地点まで帰って来た。
20年落ち12万キロを超えた老GSだがここのところ頼もしい。軽快さは微塵もないが、大きな車体とGIVIのスクリーン、後付けのフォグで暗くなっても安心できる。正直煽られたら譲りたいが、250オフの頃、夜は国道であっても暗いライトと軽く細い車体、パワー不足でそれはそれは怖いものだった(XLR時代、夜テールランプが切れ後続車が来る度にウインカー出して止まって帰ったのは地獄だった)。
高速上の表示で水島IC~倉敷IC間で渋滞とあったので、往路同様児島ICで下りる。夜の瀬戸大橋はまた絶景だった。岡山に戻り一安心と思ったが最後のもう1ミス。児島ICから、夜の鷲羽山スカイライン(K393 )を走る羽目に。
帰宅は20時。走行距離513km。高速を使ったが一日500km超はなかなかない。計画の大事さ、四国の広さ、そしてやっぱりこんな旅が好きだと思えた一日。



































































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