「イラン最高指導者殺害」
ーイラン最高指導者。宗教権威、三権全てに強い影響力。国政の重大事に最終決定、とある。…複雑だ、複雑過ぎる。まったく理解に苦しむ。
平和のために攻撃を続ける、という矛盾。200人の死者。日本からは考えられない国の仕組みに対し、どう感じれば正しいのか。本当にわからない。平和とは、アメリカとは、正義とは。
社会面には「怒りと喜び交錯」とある。結局国民にとっても二分する結果なのだ。まわりが理解できないのも仕方ない。
傍らのひと「被差別部落の文化伝承」
こういう文章に心が動かされる。新聞の特集記事、読まれても残ることはないかも知れない。が、その主人公の壮絶な人生を、何があったかなぜ起こったか、新聞独特の文体(と勝手に決めつけている)で6段ほどの面積に書かれている。文章とは何かを、偽物の自分に突きつけた。
賞をもらう言葉の界隈に居もするが、その価値の違いに愕然とした。これが伝えるということだ。書けるのか。思いと技術が、着いて来るのか。
「言葉にならない 感情映し出す」
日テレ系ドラマ「冬のなんかさ、春のなんかね」。何も知らずに読んだ記事。「恋愛映画の名手、今泉力哉が監督と脚本を務め、言葉にならない感情を描く」。言葉にならないのに、映像になる。映像にする。どんな脚本を描き、どう監督すればそうなるのか。本人にしかわからない。映像にする人間は、やはりすごい。
AIにも書けないという、説明できない感情。言葉にならない映像。何を見出し、共感や理解とはちがう第三の感情「のようなもの」が、確かにある。らしい。
その下に県立大で映像を学ぶ監督が撮った短編映画が出ている。映像か…好きで自ら描こうとするその感情。文学と違って多くのスタッフや演者がいないと出来ない世界。そこにも興味がある。