コシトタニマトマルイスト

やっぱり旅に出たいCW/CD系会社員の、すべて独り言。

思う。1月3日付山陽新聞より

能登地震2年」

 今も受け入れられない、心の整理がつかないー。ちょうど2年前の正月のことだったと思う。長引く仮設生活。先日も金沢から帰省した知人と会ったが、被害が大きかったのは半島の先の方、大学時代の友人も半島付け根辺りの小松市に住む。西日本豪雨時も同じ市内で天と地ほどの被害の差があった。

 地震が起こる可能性は日本中どこでもあるのだが、同じように復興するかどうかは大きな差があるように思う。阪神大震災は、その後の国内の防災に大きな影響を与えた。高速道・新幹線など大動脈に近く被害も大きかった反面、流通量も大きかった。それが北陸の能登半島の先端ともなると、状況は大きく異なる。災害に強いということは、復旧が早いことでもある。万全な備えというのは、普通に考えればそれは「想定できる震度に耐える住まいと充分な備蓄が可能であること」ではないか。それが出来ないのは意識ではなく、ただお金の問題。そう思えてならない。

 

広告「オーエムグループ」

 「ずっと、おもしろおかしく真面目に」ー挑戦とか共にとかは言わず、いろんなものを混ぜて…ということらしい。ただ何がおもしろおかしいのか、おもしろおかしいとどうなのかはわからないかもしれない。受け手にとってそのベネフィットはなんだろう。

 ついでに言えば、何を提供していくれる会社かは謳っていない。「ものづくり」と集約。姿勢がほとんどをしめる企業広告だ。自分なら「真面目に」がある分、バランスを取ろうとしている=面白おかしくというより、両面ちゃんとありますという「ちゃんと感」の担保を約束しているように見える。本当に面白おかしいのであれば、「真面目に」は入れないだろう。「ずっと、おもしろおかしく。」これをいい続け、定着すればすごい。

 

「AIどこに向かう」

 実は単純なことかもしれない。たくさんの情報がそれだけ蓄積されたからできるのではないか。で、人間だって「理解」の前はもっともらしいことを「覚えて」使っているだけに過ぎない。予測と組み合わせ。

 が、本当に人間の補助するためなのか。パソコンやスマホ、インターネットも使い方を誤れば毒にしかならない。いや世の中のすべてはそうだ。人間力を磨けとあるが、AIで「稼いでいる」人の人間力を客観的に否定でもしない限り、もはや正しさも正確ではない。パソコンもスマホもインターネットも、頼りすぎずというより頼らなければ稼げない時代。生み出しておいてコントロールが効かなくなるのは、時代を変えるような発明共通のシナリオのように思う。