「将棋界の未来に不安」
出産前後タイトル戦不戦敗。女性が人間としての幸せと、棋士としてのを成功を両立に向け、動いた。そしてこのタイトル戦を主催する倉敷市と市文化振興財団も日本将棋連盟に申し入れたという。「何かを犠牲にして」という枕詞は、今の時代美談にすらならない。
であれば、「効果的な」ものだけでなく全部がそうあってほしい。自分は安心して仕事をしようなどとっくに諦めている。そこに光など当たらないのだ。影響力とは、そういうことだ。
「五輪談合事件 電通有罪確定へ」
正直誰が困ったのか。建前や法律論ではなく、現実の話をしようとAIに投げたが匙を投げてしまった。そっちの方が闇。
社説「初の『後発地震注意』 政府は制度の周知を図れ」
違う。制度の周知じゃない。南トラでは、県内で約30万人が死ぬ推計。それもほとんど県南のはずだから、7人に1人よりずっとずっと確率は高い。誰が、何を、どうすればいいのかを明確にしないといけない。「備えを」「最大限の」「経済活動を続け」、ではない。「準備できていますか」、ではない。読ませている場合、じゃない。