「うわさ拡大 香港客急減」
気象庁がデマだと。もとは漫画で科学的視点をと言ったところで、起きない理由にはならない。起こっておかしくない状況があり、防ぎようがなく、科学に限界がある以上、あながち、である。
避難指示は空振りでもいいという姿勢なのに、デマはデマだとなぜ言えるのか。根拠は確率論で、結果を約束しない。一体どうしたらいいんだ結局。もし今がデマでも、前日に根拠ある予報が立ったらどうするんだ。
そもそも観光に根拠なんかない。「美味しそうに見えた」「きれいな景色に見えた」それだけだ。情報に煽られ期待を持って来るだけである。その矛盾。
「教員の児童盗撮共有事件」
…。よくもそんな人間が教員を目指しなれたもんだ。それも複数。まあ医者や警察官でも犯罪は犯す。能力と良心も、悪意と善意も相関しない。ただ、学校全体で対策がというのは無意味だろう。その学校が舞台だからだ。少数の教員だったにせよ。
やはり、極刑とかそういうことなんだろうか。
「岡山・サイピアで企画展 動物80種類 骨 特徴知ろう」
何か急に気になりだした。「岡山淡水魚研究会」の方が「岡山@生き物係」を立ち上げ企画。行ってみよう。以上
「万博で学習成果披露」
これは素晴らしい。価値のない仕事よりよほど有意義だ。
山陽学園中・高の地歴部。地歴部というのも素晴らしいが、彼らが「海ごみ問題の解決に向けて街中のごみ情報収集アプリを開発」したというのが素晴らしい。この情報量の多さ。これが令和の活動だ。子どもたちがこんなにも柔軟に、そして課題に立ち向かっている。そこへ行くと大人たち。
岡山高では「厄介者の魚(アイゴ)を缶詰(アヒージョ)に」したという。課題があればアイデアで解決する。それをスキルとか言わない。楽しんでいる。これだ。課題解決しているような顔をして、課題そのものに足を突っ込んで抜けないどこぞの…いや、いい。